母校支援

電大で出会った医用工学で社会に貢献!

皆さん、こんにちは、小林昭と申します。私は昭和55(1980)年に東京電機大学工学部電子工学科を卒業し、昭和58(1983)年に理工学研究科システム工学専攻修士課程を修了しました。今回は、私が電大で学んだ医用工学を中心に、学生時代からこれまでを振り返って綴りたいと思います。

電大で医用工学と出会い、その後の人生の方向が決定

私は、学部3年の時、電大の公開講座として開催された第1回ME(Medical Engineer)講座に参加しました。そのきっかけは、小谷誠先生(後の第5代学長。以下、小谷先生)が電子回路の講義中に、医用工学の話をされたことでした。

小谷先生は当時、生体から発生する磁界の測定に関する研究を行っていたことから、医用工学のお話をされたのです。ME講座では、当時の先端的な医用工学や医療機器の技術の現状などについて、わかりやすく解説されたことを記憶しています。

学部4年になり、私は小谷先生の研究室に所属して卒業研究を始めました。しかし、しばらくして小谷先生から、理工学部経営工学科に福井康裕先生が着任され、人工心肺装置の自動制御の研究を始めるので、興味があるなら福井先生とお話してみたらどうですかと勧められました。その結果、私は理工学部の福井先生の指導のもとで卒業研究を進めることになったのです。

福井先生の研究テーマは「マイクロコンピュータによる乳児用人工心肺装置の開発」でした。この研究は東京女子医科大学心臓血圧研究所で行われ、早稲田大学機械工学科の土屋喜一教授と共同で進められました。

乳幼児用人工心肺装置の外観
(Apple社製AppleⅡとNEC製TK-80ボードコンピュータが内蔵されていた)

人工心肺装置は患者の心臓を手術する場合に用いられ、手術中の心臓に代わって血液の循環と肺の機能を代行するための装置です。研究の目標は、自動制御機能を有する人工心肺装置の開発、つまり、装置のスタートボタンを押すと血液循環が始まり、患者の心臓の手術、手術が終了すると自動的に血液循環を停止する装置の実現です。当時の人工心肺装置の操作はすべて手作業で行う必要があったのです。

40年以上も前のことですが、世の中に登場したばかりのApple社製のAppleⅡを制御装置の中心に使用し、生体の血圧や血流からパルスモータ駆動のポンプを駆動するシステムでした。現在では、飛行機や自動車の自動運転は技術的に可能となっていますが、当時、生体に直接影響を及ぼす医療機器の自動制御の試みは、非常に先進的な試みであったと考えています。

このようにして、電大で医用工学に出会い、それ以降、医用工学が私の人生の根幹をなすことになりました。

パルスモータ駆動の送血ポンプ

プログラムの基本はフローチャートにあり

学部卒業後、東芝エンジニアリングに就職。ここでは、電力系統制御システムのプログラム設計を担当しました。電力系統システムとは、原子力や火力発電所で生成された電力を変電所経由で個別の工場や家庭に供給するためのシステムです。

私の主な業務は、電力会社の仕様書を基に、プログラム作成に必要なフローチャートを作成することでした。設計工程からプログラミングまで数十名の体制で行う大規模ソフトウェア開発の現場で、貴重な経験を積むことができました。

コンピューターが世の中に普及してから約50年経ちましたが、その間、多くのプログラミング言語が登場しました。プログラミング言語は進化を続けていますが、アルゴリズムの基本原理はほとんど変わっていません。つまり、優れたプログラムは優れたアルゴリズムに基づいて作られると言えます。

もちろん、時代に応じたプログラミング言語の習得は実務上必要不可欠です。しかし、ソフトウェア開発において普遍的で重要なのは、基本的な処理アルゴリズムを習得することだと考えます。アルゴリズムを可視化するための効果的なツールとして、フローチャートがあります。

私は、若手のプログラマに対して、即座にキーボードを叩いてコーディングを始めるのではなく、まず頭の中でフローチャートをイメージし、それからコーディングするようにアドバイスしています。

医療機器と臨床工学技士

東芝エンジニアリング、東芝で働いた後、私は厚生労働省所管の外郭団体である財団法人医療機器センターで研究員として勤務しました。医療機器センターは医療技術の普及と発展を目指すための研究機関です。そこで、医療機器には多様な側面があることを学びました。

まず、法律・制度に関する側面です。医療機器は生体に直接作用するため、生体的適合性、生体への効能・効果、安全性が求められます。 そのため、医療機器の開発・製造・販売には各段階でクリアしなければならない法制度が存在するのです。他の産業分野では機器・装置本体の性能が重要ですが、医療機器においては生体への適用時の性能が重要となります。この点が医療機器の難しさであると言えるでしょう。

次の側面は、技術の適切かつ効果的な普及についてです。医療機器の普及を促進するためには、専門的な知識と技術を備えた人材の確保が重要です。私が医療機器センターにおける業務で特に記憶に残っているのは臨床工学技士制度の立案に関することです。

臨床工学技士は、医師の指示の下に、呼吸・循環・代謝に関する生命維持管理装置の操作及び保守管理を行うことを業務とする医療機器の専門医療職種で、国家資格です。具体的な業務には、心臓の外科手術の際に使用される人工心肺装置の操作や人工呼吸器の操作、血液透析装置の操作などが含まれます。

医療技術に関して、先進的なヨーロッパやアメリカでも、日本の臨床工学技士のような国家資格は存在しません。臨床工学技士の誕生は、当時病院等で勤務していた工学系の先進的な方々や医療機器メーカーで勤務していた方々の悲願ともいえる出来事でした。

新型コロナウイルス感染症による死亡者が他の国に比べ日本が少なかった理由の一つとして、重症者の治療において適切かつ安全に人工呼吸器や人工心肺装置(ECMO)が使用されたことが考えられます。このような適切な医療機器の操作には、多くの臨床工学技士が関与していたと推測されます。

医療専門のソフトウェア会社を設立

私はこれまでの経験から、自身の考えと手法によって医療分野で社会に貢献したいという思いが明確になり、1995年に株式会社ライフウェアを設立しました。当社は医療分野に特化したソフトウェア開発を基本事業としています。

設立当初は医療機関や医療関係団体向けのソフトウェア開発の請負業務を中心に行っていましたが、現在では、自社のパッケージソフトの開発と販売が主力業務となっています。主な製品には、訪問看護ステーション向けの業務ソフト、居宅介護支援事業所向けのケアプラン作成ソフト、 福祉用具貸与事業所向けの業務ソフトなどがあります。

医療・介護分野における業務用パッケージソフトにおいても、技術的な要素は時代とともに変化しており、その変化に合わせて商品開発を行う必要があります。インターネットの普及や、スマートフォン、タブレットなどの情報端末の普及、さらにはAIの活用などにより、医療・介護分野のソフトウェアも大きく変化しています。

現在、訪問看護ステーション業務ソフトを開発中です。訪問看護では、病棟看護とは看護記録や看護計画も異なるため、訪問看護業務に適した仕様について日々改良を行っています。

また、訪問看護ステーションにおいても、医療機関と同様にレセプト(医事会計)業務があります。当社開発のソフトは、看護師の方でも簡単な操作で正確に処理できるように工夫してあり、北海道から沖縄まで全国の訪問看護ステーションで使用されています。

開発中の訪問看護ステーション業務ソフトのスマートフォン画面の一例

医療情報のデジタル化が加速

2021年9月、日本ではデジタル社会の推進を担うデジタル庁が設立されました。これにより、様々な分野でのデジタル化が加速しています。医療分野でも、診療情報や各種サービスのデジタル化が計画されています。

中でも、保険証の機能をマイナンバーカードに統合した「マイナ保険証」(紙の保険証の廃止)という制度が導入されます。しかしながら、マイナ保険証の制度化には様々な問題が指摘されており、困難な道のりが予想されます。

医療情報のデジタル化は極めて重要ですが、医療情報は非常に機密性の高い個人情報を扱っているため、そのシステム化には十分な検討、設計と確実な取り組みが求められるのです。

最近、様々な問題が報道されており、その中で不具合の矛先がメーカーに向けられているようですが、実際には国や行政側の情報システム化のリテラシーの欠如が根本の原因ではないかと思います。情報システム化に際しては、現状の問題や課題を明確にし、また新方式についても十分なシミュレーションが不可欠と考えます。

改めて制度設計を見直し、余裕を持った開発スケジュールによって世界に誇れる情報システムを構築することが重要ではないでしょうか。私たちは、国民皆保険がもたらした世界に誇れる日本の医療制度が、デジタル化によって崩壊することがないことを期待しています。

医用工学に結集せよ!

最後に是非、伝えたいことがあります。私が医用工学に興味を持つようになったのは、電大の先生方や先輩方のおかげだと思っています。電大には今日も医用工学のDNAが受け継がれているのではないでしょうか。

医用工学には多様な応用分野があります。地域医療計画、病院や施設等の建築、医療施設等で使用される医療機器・福祉機器、情報システム、医療材料、さらには医療全体に利用可能なAI技術やロボティクスなど、電大の持つ様々な学部・学科は各分野への貢献が期待されます。

大学を卒業すると大学との関係は希薄になりがちですが、医用工学という共通のテーマで連携の輪を構築しませんか。電大のOB・OGの皆さん、そして教職員の皆さん、医用工学というテーマの基にエネルギーを結集しましょう。

昭和55(1980)年卒業
工学部電子工学科
昭和58(1983)年修了
理工学研究科システム工学専攻修士課程
小林 昭